≪「中州通信」2002年4月号より≫

 

Dear Old Jazz h u s 

“POSY” 

ライフワークになった、町のジャズ・バー

 

東京都世田谷区・下北沢に、とても落ち着くジャズバーがある。

30年近くこの店を経営するママがレコードをかけ、カクテルを作り、コーヒーを淹れる。

レコードの枚数は増えても、開店以来のスタイルに大きな変化はない。しかし、その歴史の中には心に残る出来事もあった─。

 

 

 「Since 1973」とあるドアのかたわらに置かれた電飾看板にはピアニスト、ビル・エバンスの肖像。

若い人たちでにぎわう下北沢駅南口の商店街を抜け、しばらく歩いたところに、「Jazzhus POSY」がある。このあたりまで来ると、駅前に比べてかなり静かだ。

 「以前、近所にあの人が住んでいて、よく見かけたんですよ。映画の『また逢う日まで』に出た……」

 岡田英次。 『また逢う日まで』は、1950年に久我美子と共演した名作。

 「そう、あれはいい映画だったわねえ」

 POSY(ポジー)のママこと芥川美佐さんの話を聞いていると、店の中が当時に戻ったような雰囲気になる。店名についたhus(ハス)は英語で言えばハウスのこと。コペンハーゲンではライブハウスをこう呼ぶのが一般的なのだという。ヨーロッパのジャズには歴史があり、移住するアーチストも目だつ。

 「アメリカ以上に、真摯にジャズと取り組んでいるところがある」と、そこでJazz husとなった。POSYとは「花束」の意味である。

 小ぢんまりとした店内にスピーカーを配置、現在の所属レコードは約3000枚。ヨーロッパ発のものが増えているが、ファンにはお馴染みのアルバムも多い。

 「自分で仕事をするのはこの店が初めて、開店した頃は1000枚もなかった。ただそれ以前、今はもう閉めましたけどジャズ歌手の後藤芳子さんが経営していたお店で、アルバイトをしていたことがあって、そこの名前をもらったんですよ」

 ジャズとの出会いは1960年代の後半、デキシーランドジャズのクラリネット奏者、ジョージ・ルイスの来日公演だった。カウント・ベイシーやデューク・エリントンオーケストラも生で聴いたが、それ以上の印象だったという。

 「昼間は海で働いているような、土臭い感じのする人たちなんだけどそれはスピリチュアルな演奏で、すごく感激したんです」

 それがやがて「自分の好きなことを仕事に」「ジャズが好きな人が集まる店を」とここで開店して以来、レコードと酒とコーヒーを静かに楽しむスタイルは変わらない。たとえ時代がどう流れようとも。「最初は大変なこともありました。でも、子育てをしながら今日まで来られたことを誇りに思っているんですよ。だから、もうお店を続けるのは私にとってのライフワーク」

 いまから6年ほど前、芥川さんにとってうれしい出来事があった。旧ユーゴスラビア出身で現在ドイツに住み、彼女がもっとも好きなトランペッターであるダスコ・ゴイゴビッチが来店したのである。FMのスタジオでライブを行った時、「すごいファンがいる」と店の客でもあるアナウンサーに紹介されたあとのことだった。いまやゴイゴビッチはまぎれもないメインストリーマーである。

 「ひとりでも聴く人がいれば、その音楽は生きていますよね」

 「POSY」が灯をともしはじめて、もうすぐ30年になる。

 

取材・文/袴田京二